東楼 復原の経緯
発掘調査
発掘調査は、奈良文化財研究所が昭和48年(1973)に行いました。調査では、掘立柱を立てた巨大な穴の跡がみつかり、その1つから直径約75cm、長さ約280cmの柱根が出土しました。これは平城宮跡出土柱の中でも最大のものです。
特殊な構造
発掘調査で、外周に太い掘立柱を立てて屋根を支え、内部に礎石建ちの柱を立てて上層の床を支える、現存する古建築には例のない特殊な構造であることが判明しました。今回の復原では掘立柱と礎石建ちの柱の違いも再現しています。
宴の場として
『続日本紀』天平8年(736)正月丁酉条に、聖武天皇が「南楼」において群臣に宴を催した記事があります。この南楼が東楼・西楼をさし、二階で天皇が主催する宴が行われた可能性があります。




